成田山上総寺
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当寺の歴史 当寺の住職 成田山上総寺 起工式・復興祭
当寺の歴史

 当寺は、二代目 吉岡宗観が初代 吉岡宗観の後を継ぐべく、昭和44年9月1日に成田山新勝寺万人不動講(信徒数約八万人)先達を委嘱されました。
 二代目 吉岡宗観は初代が授かった修法師の最高位である大教正を目標に、幾多の厳しい修行を行い大本山成田山新勝寺補中教正大先達の位を授かりました。
 二代目は修行の道すがら聖夢により房総の地に修行の場を不動明王を御本尊とした大伽藍ともいえる、修験道場を作る事を悟り、昭和57年10月22日に成田山修験大教会上総寺として宗教法人を設立いたしました。
 昭和60年3月15日に補権大教正となり、上総寺本堂及び根本道場建立の地として、千葉県君津市豊田旧野中字中台に、聖地約2万坪を取得し、平成2年5月より建立地造成工事に入りましたが、日本国中が巻き込まれる未曾有の大不況には勝てず、建立地造成工事半ばで中断しております。
 「平成22年9月」に真言宗智山派との包括関係を解除し、単立寺院として新しい寺院としての形を模索しながら活動しております。

当寺の住職の紹介
成田山上総寺 住職
経  歴

昭和17年:
 医師一家の中で生まれる少年期から、多くの霊的現象を体験する。
同37年:
 医師を志し、東邦医科大学に入学
同40年:
 建築家を目指し法政大学に編入
同41年:
 大学卒業後、建築家として様々な設計・建築に携わる
同60年:
 守護仏の声により、日本航空123便墜落事故を予知・回避する。
 以後、住職・霊能者として、元大臣・医師・芸能人などに、多数の信者を抱える。

向井 慈空
座右の銘 :宗論は誰が勝っても釈迦の恥
遍歴:高野山にて得度を行い、現在に至る

成田山上総寺
名 称 宗教法人 成田山上総寺
メールアドレス info@narita-san.com
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